大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)10198号 判決

甲事件原告乙事件被告(以下、「原告」という。) 有限会社山田特殊計器製作所

右代表者代表取締役 山田勘助

右訴訟代理人弁護士 富永義政

右訴訟復代理人弁護士 岡田久枝

甲事件被告乙事件原告(以下、「被告」という。) 松栄貿易株式会社

右代表者代表取締役 松永友也

右訴訟代理人弁護士 中野公夫

右訴訟復代理人弁護士 吉田雅子

主文

(甲事件について)

一  原告有限会社山田特殊計器製作所の請求を棄却する。

(乙事件について)

二 原告は、被告松栄貿易株式会社に対し金一五七万七、九四一円およびこれに対する昭和四三年九月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

三 被告の原告に対するその余の請求を棄却する。

四 訴訟費用は、両事件を通じ原告の負担とする。

五 この判決の第二項は、仮に執行することができる。但し、原告において金七〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  原告

1 被告は、原告に対し金六五万円およびこれに対する昭和四二年一二月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  被告

1 主文第一項と同旨。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

(乙事件)

一  被告

1 原告は、被告に対し金一六七万七、九四一円およびこれに対する昭和四三年九月一八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 仮執行の宣言。

二  原告

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件の請求の原因)

一  原告は、主に比重計などの特殊計器類を製作販売することを業とする会社であり、被告は、右計器類を扱う貿易会社である。

二  原告は、昭和四二年九月二一日被告の依頼に応じて被告との間においてつぎのとおりユリノメーター(以下、「検尿計」という。)四万本を製作して販売する旨の契約を締結した。

(納入期日)(本数)(代金)(代金支払日)

1昭和四二年二月二〇日 一万本 六五万円 同年三月一五日

2昭和四三年一月二〇日 一万本 六五万円 昭和四三年二月中旬

3同年三月二〇日 一万本 六五万円 同年四月中旬

4同年五月二〇日 一万本 六五万円 同年六月中旬

三  原告は、昭和四二年一一月二〇日右契約に基づき、第一回目納入分である検尿計一万本を所定の受渡場所である三共梱包株式会社の倉庫に納入し被告に引き渡した。

四  よって、原告は、被告に対し右一万本分の売掛代金六五万円およびこれに対する右約定の支払期日の翌日である昭和四二年一二月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する認否)

一  請求の原因一の事実は認める。

二  同二の事実は、認める。

三  同三の事実は、否認する。

原告が、納入場所に持参した検尿計は、見本に適合した製品ではなく、許容誤差〇・〇〇二を越える不良品であるから受領を拒絶した。

(抗弁)

一  (製作販売契約の解除)

1 原告と被告との間の右契約は、のちに乙事件請求の原因二で主張するとおりいわゆる見本売買であるから、原告は、被告に対し、見本と同一の性質、属性を有する製品を製作して引き渡すべき債務があるのに、原告が製作して持参した検尿計は、右見本に適合しない不良品である。

したがって、原告は、被告に対し債務不履行責任を負い、また見本に適合しないことは民法第五七〇条にいわゆる瑕疵を構成するから瑕疵担保責任を免れない。

しかも、右瑕疵によって被告が契約をなした目的を達することができなかったものであるから、被告は、原告に対し債務不履行ないし瑕疵担保責任を理由とする解除権を有する。

2 そこで、被告は、原告に対し昭和五〇年一一月一二日の本件口頭弁論期日において、原告との間の製作販売契約を解除する旨の意思表示をなした。

二  (相殺)

仮に原告主張の売掛代金債権が認められるとしても、被告は、乙事件請求にかかる損害賠償請求権を有するので、被告は、昭和四九年八月一五日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもって、原告主張の本件売掛代金債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(抗弁に対する認否)

一1  抗弁一1の事実は、否認する。

2  同一2の事実は、認める。

契約解除の主張は、被告の重大な過失によって、時機に遅れて提出されたものであり、これを審理すると訴訟の完結が遅延するものであるから、却下されるべきである。

二  抗弁二の事実のうち、前段の事実は否認し、後段の事実は認める。

(乙事件の請求の原因)

一  被告は、昭和四二年五月二日原告に対して製作見本を交付したうえ、原告において、右見本と同一の品質をもつ検尿計三万本を製作しつぎのとおり納入すべき旨の製作販売契約を締結した。

1 納期

(一) 昭和四二年五月三〇日 六、〇〇〇本

(二) 同   年六月三〇日 六、〇〇〇本

(三) 同   年七月三〇日 六、〇〇〇本

(四) 同   年八月三〇日 六、〇〇〇本

(五) 同   年九月三〇日 六、〇〇〇本

2 代金

単価五六円 合計金一六八万円

二  被告が、原告に対して提出した右見本たる検尿計は、アメリカ合衆国側のバイヤーが同国において自ら調達した製品であって、しかも、これに習って原告が製作して送付した試作品は、アメリカ合衆国連邦規格で定める許容誤差以内であるとして承認されたものであるから、原告に提出された右製作見本は、当然同連邦規格基準の許容誤差〇・〇〇二以内のものであった。

三1  したがって、原告は、被告に対しいわゆる見本売買の売主として、右見本と同一の性質、属性を有する、つまり許容誤差〇・〇〇二以内の検尿計を製作し引き渡すべき債務がある。

2  仮に、右製作見本の提出の事実から、直ちに、許容誤差〇・〇〇二以内の製品を製作交付すべき義務が認められないとしても、本件契約の締結に際し、被告と原告との間には、被告の発注する検尿計につき各主目盛線の誤差を〇・〇〇二以内とする旨の明示または黙示の了解があった。

3  仮に、右の了解がなかったとしても、原告は、自己が製作し引き渡すべき検尿計は、アメリカ合衆国に輸出されることおよび同国には、許容誤差〇・〇〇二以内とする連邦規格基準があることを知悉していたのであるから、当然、同規格に合致すべき製品を製作し引き渡す義務があった。

四  原告からは、右約定の納期に各数量の製品が納入され、被告は、代金全額を支払った。

五1  ところが、原告が製作し納入した検尿計は、ほとんどが目盛線の誤差が〇・〇〇二(各主目盛線についてプラスマイナス2)を越える製品であったので、輸出先のアメリカ合衆国のバイヤーから不良品として検尿計二万四、〇〇〇本が送り返された。

右返品された不良品は、本来、アメリカ合衆国への輸出用として製作されたものであるので、価値のないものである。

2  そのため、被告は、つぎのとおり損害を蒙った。

(一) 原告に支払った代金相当額 一三四万四、〇〇〇円

(二) 得べかりし販売利益 二七万六、〇五〇円

(三) 返品に要した海上保険料 七、八九一円

(四) 返品の通関費用、沖仲費用 二万、〇〇〇円

(五) その他郵税などの雑費 三万、〇〇〇円

合計 一六七万七、九四一円

六  よって、被告は、原告に対し瑕疵担保責任または不完全履行による債務不履行責任の履行として、右損害金一六七万七、九四一円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年九月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因に対する認否)

一  請求の原因一の事実は、認める。

二  同二の事実のうち、原告が見本の交付を受け、これに習って試作品を製作しバイヤーに送付し右試作品につき承認を得たことは、認めるが、その余の事実は、不知。

三  同三1ないし3の事実は、否認する。

四  同四の事実は、認める。

五1  同五1の事実は、否認する。

2  同五2の事実は、知らない。

六  同六の主張は、争う。

原告は、被告から交付された見本どおりに製作しこれを納入したのであるから、何ら責任を負ういわれはない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  (当事者間の従来の取引関係)

原告が、比重計などの特殊計器類の製作販売を業とする会社であり、被告が、右計器類を扱う貿易会社であることは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を綜合すると、被告は、おそくとも昭和三八年三月ころから、原告に対しアメリカ合衆国に向け輸出するためのスクワイプ・ユリノメーター(以下、単に「検尿計」という。)の製作を依頼し、原告から同製品を購入し輸出してきたが、右取引に当っては、検尿計製作の基準となるべきアメリカ合衆国の連邦規格基準書の写しを原告に交付していたこと、いずれもアメリカ合衆国への輸出用として、被告は、原告に対して、昭和三八年三月ころ、検尿計一万本、昭和四〇年一〇月二三日検尿計三万本、昭和四一年七月四日検尿計一万二、〇〇〇本の製作販売を依頼しているが、右いずれの場合にも、原告と被告との間において、原告の製作し引渡すべき検尿計は、いずれも、前記連邦規格(GG―U―681)(以下、単に「連邦規格」という。)の定めに厳格に合致すべき製品であることが明確に条件付けられていたうえに、検尿計の本体および内箱には、それぞれ、JAPANないしMADE IN JAPANなるラベルを貼ることが指示されていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実に徴すると、被告が原告に対して製作を依頼する検尿計は、専ら、アメリカ合衆国に輸出されるべき製品でありしかも同国の前記連邦規格(GG―U―681a3,2,1,1)によれば、浮秤検尿計のスケールには、〇・〇〇一単位の最小分割目盛線を付すこととされ、かつ同規格基準所定の方法による検査試験の結果、各主目盛線における許容誤差がプラス・マイナス2とされているがこのことを製作者である原告は十分知悉していたことが推認され(る。)≪証拠判断省略≫

二  (乙事件について)

1  昭和四二年五月二日被告が原告に対し、見本を交付したうえ、被告と原告との間において乙事件請求の原因一記載のとおりの製作販売契約が結ばれ、被告において各納入期日に製品の受渡を受けて代金一六八万円を支払ったことは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を綜合すると、つぎの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

すなわち、

(一)  アメリカ合衆国のバイヤーであるマーサガラス工芸社(以下、「マーサ社」という。)は、昭和四二年四月一五日ころ、日本に駐在し、実質的には右マーサ社の極東担当者とみられるユー・ゲルゼンスタインに検尿計三万本の買付けを申し入れたが、右申し入れに際しては、製作見本として、マーサ社がアメリカ合衆国内で自ら調達したとみられる検尿計が送付され、しかも製品の長さを約一一五ミリメートルとし、目盛幅は、一・〇〇〇ないし一・〇四の範囲とし〇・〇〇一の単位を付すほか前記アメリカ合衆国の連邦規格の定めに合致すべきことが条件付けられており、そのうえ、日本側の直接製作者は、マーサ社が送付した右見本に習って、試作品を製作し、これを同社に送付したうえ、同社の承認を得るよう指示されていたこと。

(二)  右マーサ社からの右買付申し入れに基づき前記ゲルゼンスタインは、同月一七日貿易会社である被告との間において、マーサ社から提供された見本どおりの製品である検尿計三万本の買入れにつき単価を六四円八〇銭代金合計一九四万四、〇〇〇円とする売買契約を締結したこと。

(三)  被告は、右同日原告に対して右見本を交付したうえ、見本どおりの検尿計三万本の製作を依頼したが、当初は、一本当りの単価を五五円とするつもりであったが、結局五月二日単価五六円三万本の代金合計金一六八万円とし、六、〇〇〇本宛五月三〇日ないし九月三〇日まで五回にわたって引渡す旨の製作販売契約を締結し、のちに原告において先に提供された見本に習って試作品を製作しこれを前記バイヤーに送付して承認を得ていること(試作品につき承認をうけたことは、当事者間に争いがない。)。

右認定した経過に照らして昭和四二年五月二日に被告と原告との間に締結された検尿計の製作販売契約の趣旨とするところは、バイヤーであるマーサ社が自ら調達しゲルゼンスタインおよび被告を通じて原告に提供された製品を製作見本とし、これと品質、属性の適合する検尿計を製作し引渡す旨のいわゆる見本売買であると解するのが相当である。

したがって、原告は、右の製作販売契約を締結することによって被告に対し右製作見本の有する品質を保証したものと解され、殊に、本件製品が検尿計という計器であることからすると、品質の重要な要素である正確度もその保証の範囲にあるものと解すべきが相当である。

そこで、原告が製作し売渡した製品が右の見本の品質属性に適合しない場合には不完全履行として債務不履行の責任を負うものといわなければならない。

しかしながら、前叙のとおり買主である被告において、一旦製品を受領し、のちになって、受領した製品が見本に適合しない不良品であることを理由として製作販売した者に対して不完全履行の責任を問う場合には、買主である被告において、見本に適合しない製品であったことを立証すべきものと解するのが合理的である。

2  そこで、原告が、昭和四二年五月二日の製作販売契約に基づき被告に引渡した検尿計が製作見本に適合しない不良品であるとみるべきか否かについて検討する。

ところで、原告に交付された製作見本は、アメリカ合衆国側のバイヤーが同国内で調達したものでありかつ買付申込には製品が連邦規格GG―U―681の定めと厳格に合致すべきことを条件としていることは前叙のとおりであり、これに≪証拠省略≫を綜合すると、特に本件全証拠によるも製作される検尿計が通常の用途以外に使用されることが窺われない本件の場合には、アメリカ合衆国側のバイヤーマーサ社が、製作見本として調達し原告に交付されることになった前記製作見本たる検尿計は全長は約一一五ミリメートルではあったがその正確度において右連邦規格の定める許容誤差〇・〇〇二以内のものであったと推認するのが相当であり、右推認を覆えすに足る証拠はない。

なお、≪証拠省略≫によれば、原告主張のとおり前記連邦規格も、いわゆる浮秤検尿計の全長を一二五ミリメートルプラス・マイナス五ミリメートルとしていることが認められるが、右製作見本が前示認定のような経過で調達され原告に提供されたものであることに照らしても、右見本の全長が約一一五ミリメートルであったことをもって、直ちに正確度も連邦規格の許容誤差の範囲を越えたものであったと考えることはできないから、右事実によっても前記推認を覆えすには足りない。

したがって、自己の製作する検尿計がアメリカ合衆国への輸出用でありしかも同国の連邦規格を知悉している原告として、被告との製作販売契約の締結に際し、また製作にあたって当然前記許容誤差を念頭におくべきであったものといわざるをえない。

≪証拠省略≫によれば、原告が製作し被告に対し五月三〇日および六月三〇日に納入しさらにマーサ社に輸出された一二、〇〇〇本については、目盛線一、〇〇〇ないし一・〇四五までの各主目盛線につき前記許容誤差の範囲を越える不良品が発見され、昭和四二年一〇月二一日ころ被告に到達した書面で製作者に対して事後の製作を中止するよう申し入れがなされたこと、被告は、原告に対しマーサ社から右の内容のクレームがついたことを連絡し、その後一〇月三〇日ころマーサ社に正確度の検討を求めるために原告が製作した検尿計一六本を送付したが、これらは主目盛線一・〇四〇のマークにおいてプラス・マイナス2の許容誤差範囲をこえる不適合品であったこと、計量器などの検査を業務とし、検査結果については信頼度の高いとみられるユナイテット・ステイツ、テスティング、カンパニー、インクの検査によっても前叙の一二、〇〇〇本の製品のうちから、任意抽出した一二本の検尿計のうち、九本が許容される誤差の範囲を越えており、わずかに三本のみが前記アメリカ合衆国連邦規格に適合していたこと、右の一二本の検査のためには、二五二・九九ドルの費用を要したこと、昭和四二年七月六日および同年一〇月三日ころマーサ社に対して輸出された各六箱(ケース番号1ないし6、10ないし15)合計二万四、〇〇〇本の検尿計が、昭和四三年五月ゲルゼンスタインを介して被告に返品されてきたことなどの事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定事実に徴すると、原告が昭和四二年五月二日被告との間の製作販売契約に基づいて製作し引渡した検尿計のなかには、前叙の見本の有する品質に適合しない製品があったものと認めざるをえず、原告は、不完全履行としての債務不履行責任を免れない。

なお、前記返品された二万四、〇〇〇本の検尿計のうちには、正確度において、前記許容誤差の範囲内にとどまりかつ他の点においても、見本と同一の品質を有する製品も混在していることが窺われるが、製品個々について検査をなすことは、前叙のとおり製品単価に比し高額の検査費用を要することからも検査のうえ選別することは、商取引上期待しえないことであるから、二万四、〇〇〇本を一括して不良品として返品されることも取引上やむをえないところである。

したがって、原告の前記債務不履行責任もこの範囲に及ぶものと解するのが相当である。

3  ≪証拠省略≫を綜合すると、前叙のとおり検尿計二万四、〇〇〇本が返品されたが右の検尿計は輸出用製品でありマーサ社の表示もあるところから転売の途もなく被告は、つぎの損害を蒙ったことが認められ、これらは、いずれも原告の前記債務不履行と相当因果関係にある損害といえる。

1  原告に支払った代金相当額 金一三四万四、〇〇〇円

(56(円)×24,000(本)=1,344,000(円))

2  得べかりし販売利益 二一万一、二〇〇円

(〔64(円)80(銭)-56(円)〕×24,000(本)=211,200(円))

3  返品に要した運賃 一万四、八五〇円

4  返品についての海上保険料 七、八九一円

合計金 一五七万七、九四一円

右のほか、被告主張の通関費用、雑費の支出についてはこれを認めうる証拠はない。

そうすると、原告は、被告に対し不完全履行に基づく損害賠償として金一五七万七、九四一円の支払義務を負うものといわざるをえない。

以上によれば、被告の原告に対する請求は、金一五七万七、九四一円およびこれに対する本件記録上訴状送達の日の翌日であることが明らかな昭和四三年九月一八日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の履行を求める限度で理由がある。

三  (甲事件について)

原告と被告との間において、昭和四二年九月二一日甲事件請求の原因一記載のとおり検尿計四万本につき製作販売契約が締結され、製品の納入先が、三共梱包株式会社の倉庫とされていたことは、当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を綜合すると、アメリカ合衆国側のバイヤーである前記マーサ社は、前叙の不良品を発見する以前である昭和四二年九月二〇日ころ前記ゲルゼンスタインに対して目盛幅を一・〇〇〇ないし一・〇四五、全長を一〇〇ミリメートルプラス、マイナス三ミリメートルとする検尿計四万本の買付けを申し込み、右申し込みに際しても、右の全長、目盛幅のほか、前記連邦規格GG―U―661の定めに合致する製品である旨の条件を明示していること、製作見本は、原告が事前に製作し前記マーサ社に送付し承認されていた(≪証拠判断省略≫)ことから、翌九月二一日締結されたゲルゼンスタインと被告との間の売買契約ならびに被告と原告との製作販売契約においても、被告を通じてマーサ社に送付提供されていた製品が、それぞれの契約の見本と定められ、右の見本どおりの品質を有する製品を製作して引渡す旨の合意がなされ、検尿計の本体および内箱には、前回同様JAPANおよびMADE IN JAPANのラベルを貼るように指示されておること、単価については、ゲルゼンスタインと被告との間では、六八円四〇銭であり、被告と原告との間では前回より九円高い六五円であったことが認められ、これに反する証拠はない。

右認定の事実に照らすと、被告と原告との間で昭和四二年九月二一日に締結された製作販売契約は、原告が事前に製作し、マーサ社が承認したところの前叙の製品を見本とし、これと同じ品質属性を有する検尿計を製作して引渡す旨のいわゆる見本売買であったと解するのが相当でありまた、マーサ社において承認した前叙の見本たる検尿計は、前叙の契約締結に至った経過に徴すると、全長一〇〇ミリメートルプラス、マイナス三の範囲にありしかも許容誤差も連邦規格基準の定める〇・〇〇二以内にあったものと推認するのが合理的であ(る。)≪証拠判断省略≫

したがって、原告は、被告に対し右契約の趣旨に従い、右の見本と同一の品質を有する製品を製作して引渡すべき債務を負うものであるが、本件製品が、検尿計という計器であることからして、製品の正確度は、品質の重要な要素というべきは前叙のとおりであるから、原告は被告に対し製作すべき検尿計につき右契約によって、許容誤差を〇・〇〇二以内に止めることを保証したものといわざるをえない。第一回分の納入期日である一一月二〇日以前、同年一〇月二一日ころ前回製作した約一一五ミリメートルの検尿計について許容誤差を越える不良品が混在するとのクレームがつけられ、マーサ社から事後の製作中止が申し入れられ、被告が原告にこれを通知したこと、被告と原告との間で、右クレームの真否を再検討してもらうべく同年一〇月三〇日ころマーサ社に検尿計一六本を送付したが結果は完全なものではなかったことは前叙のとおりであり、右事実に≪証拠省略≫を綜合すると、被告は、原告の製作している全長約一〇〇ミリメートルの検尿計のうちには、前記見本に適合せず、前回の製品のように許容誤差をこえる不良品が混在しているとしてその受領を拒否していたところ、原告は、同年一一月二〇日ころ、被告に連絡することなく強引に、第一回納入分一万本を三共梱包株会式社の倉庫に搬入したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

≪証拠省略≫によれば、比重計たる検尿計においては、同じ太さであれば、長さが短くなるにつれて誤差が出やすいことが認められ、このことに、前叙のような経過を綜合すると、原告が製作し引渡そうとする製品のうちには、前叙の保証された品質を有しない不良品があるとして、買主である被告が、受領を拒否することは、当然許されるべきことであり、このような場合には、原告において、製品がすべて見本と同一の品質を有すること、殊に、本件にあっては表示の正確度において前記許容誤差の範囲内にあることを立証しなければならないものと解するのが相当であり、したがって、債務の本旨にしたがった履行の提供があったものとするには、原告において右の立証をつくしたうえ、被告に対して所定の納入場所における受領を催告することを要するものと解すべきである。

しかしながら、≪証拠省略≫によっても、原告の製作した約一一〇ミリメートルの検尿計一万本が、すべて見本と同一の品質を有し、許容誤差の範囲内にあることを認めるには十分ではなく他にこれを認めるに足る証拠はなく、かえって≪証拠省略≫を綜合すると、前回製作の長さ約一一五ミリメートルの検尿計の場合以上に、製作にあたって慎重な配慮が必要とされるにもかかわらず、製作にあたっての十分な配慮や慎重さを欠いていたことが窺われ、右事実に照らすと、右一万本の製品のうちには、誤差が前叙の許容範囲をこえる製品がかなりの割合混在しているものと推測するのが相当である。

そうすると、債務の本旨にしたがった債務の履行があったことを認めることができないので、これを前提とする原告の被告に対する甲事件の請求は理由がないことになる。

四  以上のとおりであるから、甲事件における原告の被告に対する請求を失当として棄却し、乙事件における被告の原告に対する請求は、主文第二項記載の範囲において理由があるので認容し、その余の請求を棄却することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言および仮執行の免脱については同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 舟橋定之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例